「金峰山」

　山梨県と長野県にまたがる金峰山。2013年の夏の平日、友人と二人で一泊の小屋泊まりにでかけた。のぼる途中に通りがかった大日小屋は無人の避難小屋で、くぼ地にあるせいか薄暗い。人が住んでいればちがうだろうけれど、朽ちていく音がきこえそうなくらい、じっとりと樹々に囲まれていた。山頂の山小屋はどんなふうだろう、と思いながら登った。

　頂上へ着くとザックを下ろして少し休み、すぐ下にある金峰山小屋にむかう。夕方になって、日帰りのお客さんがまだ一人、二人いたような気がする。小屋番のおじいさんによると、泊まる客は自分たちだけのようだ。おじいさんと、その親戚のような男の子と、黒い犬もいた。夕日が沈むなか、晩ごはんの準備をしてもらい、ワインとデザートがついたあたたかい食事をいただいた。夜は乾いた布団でぐっすりと眠った。翌朝、外はよく晴れ、向かいの瑞牆山と八ヶ岳がきれいに見えた。小屋の前でコーヒーをいれて飲む。「また来よう」と話しながら下山した。

　その後も、金峰山には何度か登った。いまは正月の雪の頃に行くことが多い。金峰山小屋は少し改装され、以前より立派なトイレもできた。こうして時間を隔て、初めて登ったこの日と同じ場所をまた訪れる。そして年を取って、あの少年もいつかはおじいさんになり、樹々は避難小屋をよりいっそう取り囲み、頂上からすぐ下の金峰山小屋も、また少しずつ古くなっていく。長い年月が経ってついに人が誰も来なくなっても、山と風景だけは、変わらずそこにある。私たちは大きな流れの中にいる。